精子提供を考え始めると、「匿名ドナー」「オープンIDドナー」「知人ドナー」といった言葉を目にすることがあります。
一見すると、
匿名ドナー=誰か分からない人
オープンIDドナー=あとから名前が分かる人
知人ドナー=もともと知っている人
という違いのように見えるかもしれません。
しかし、実際に比較したいのは、単に「名前が分かるかどうか」だけではありません。
提供を受ける時点で親が確認できる情報、健康・家族歴として残る情報、そして子ども本人が成長したあとに知ることのできる情報は、それぞれ異なる場合があります。
さらに、ドナーの身元を知ることができても、
「連絡できる」「返事をもらえる」「実際に会える」
までが同じ意味になるわけではありません。
また、現在は家庭用DNA検査や遺伝的な親族とのマッチングサービスも広がっており、匿名を前提とした提供でも、将来身元につながる手がかりが見つかる可能性があります。
そのため、ドナーを選ぶときは、
「今、自分たちがどこまで知りたいか」
だけではなく、
「将来、子どもが知りたいと思ったときに、どのような情報を残せるか」
まで考えておくことが大切です。
この記事では、匿名ドナー・オープンIDドナー・知人ドナーについて、提供時に分かる情報、子どもが将来確認できる情報、連絡や面会との違いまで順番に整理します。
匿名ドナー・オープンID・知人ドナーの違いを比較
まずは、3つのドナータイプの違いを大まかに見てみましょう。
細かな仕組みはこのあと一つずつ説明しますが、最初に「提供時」「子どもの将来」「連絡や面会」という視点で比べておくと理解しやすくなります。
3つのドナータイプ早見表

| 比較するポイント | 匿名ドナー | オープンIDドナー | 知人ドナー |
|---|---|---|---|
| 提供時に相手が分かるか | 基本的には分からない | 提供時には分からないことが多い | 分かっている |
| 親が知れる情報 | 年齢・身体的特徴・健康情報など、非特定情報が中心。内容は制度などによる | 提供時は非特定情報が中心となることが多い | 本人から直接確認できる情報が多い |
| 子どもが将来知れる情報 | 制度による。身元情報が開示されない仕組みもある | 一定年齢以降、本人が希望すれば身元情報を取得できる仕組みがある | 親が提供者を把握しているため、情報を残せる可能性が高い |
| 将来連絡できる可能性 | 正式な連絡手段が用意されていない場合がある | 身元情報の開示後に連絡できる可能性があるが、成立は保証されない | 当事者間の約束や関係による |
| 面会につながる可能性 | 想定されていない場合が多い | 双方が希望すれば可能性はあるが保証されない | 当事者間の考えや約束による |
ここで一つ覚えておきたいのが、
身元を知れること
= 連絡できること
= 会えること
ではないという点です。
この違いは、オープンIDの項目で詳しく説明します。
3つのドナータイプをそれぞれ整理
ここから、匿名ドナー・オープンIDドナー・知人ドナーという言葉の意味を簡単に整理します。
匿名ドナー
匿名ドナーは、一般的には提供時にドナーと提供を受ける側がお互いの身元を特定しない形を指します。
氏名や住所などは知らされず、年齢、身体的特徴、健康情報など、本人を直接特定しない情報が提供される場合があります。
ただし、「匿名=将来も絶対に誰か分からない」という意味ではありません。
米国生殖医学会(ASRM)は、従来の「anonymous donor(匿名ドナー)」に代えて、nonidentified donor という表現を推奨しています。
日本語にすると「非特定ドナー」「身元非特定ドナー」といった意味です。
背景には、DNA検査やSNSなどの普及によって、永続的な匿名性を保証することが難しくなっている事情があります。
オープンIDドナー
オープンIDドナーは、提供時にはドナーの身元を公開しなくても、生まれた子どもが一定の年齢になったあと、本人が希望すればドナーを特定できる情報へアクセスできる仕組みを持つドナーです。
重要なのは、
親が最初からドナーの実名を知っている仕組みではない
ということです。
提供時には本人を直接特定しない情報を中心に確認し、子ども本人が成長してから身元情報を請求できる形があります。
また、身元を知れることと、実際に連絡が取れたり会えたりすることは別です。
この点は後ほど詳しく整理します。
知人ドナー
知人ドナーは、友人や知人など、提供前から「誰から提供を受けるのか」が分かっているケースです。
匿名ドナーやオープンIDドナーとの大きな違いは、最初から相手を特定でき、本人と直接話し合えることにあります。
一方で、相手を知っているからといって、健康情報や感染症検査、提供後の関係について確認しなくてよいわけではありません。
誰から提供を受けるかだけでなく、その後どのような関係を続けるのかまで整理しておく必要があります。
3タイプを簡単にまとめると、
匿名ドナー
→ 提供時には相手の身元が分からない
オープンIDドナー
→ 提供時には分からなくても、子どもが将来身元情報を知れる仕組みがある
知人ドナー
→ 提供前から相手が分かっている
という違いです。
匿名ドナーは何が分かり、何が分からないのか
匿名ドナーというと、「ドナーについてほとんど何も分からない」と考えるかもしれません。
しかし実際には、氏名や住所などの本人特定情報は開示されなくても、年齢、身体的特徴、健康情報、家族歴などを確認できる場合があります。
つまり、匿名ドナーを考えるときは、
「何も分からない」のではなく、
「本人を特定しない範囲で、どこまで情報が残るのか」
を見ることが大切です。
匿名ドナーで分かる可能性がある情報
| 情報 | 分かる可能性 | ポイント |
|---|---|---|
| 年齢・生年 | ○ | 提供時の年齢や生年が記録される場合があります |
| 身長・体重 | ○ | 身体的特徴として確認できる場合があります |
| 髪・目・肌の色 | ○ | プロフィール情報として開示されることがあります |
| 人種・民族的背景 | ○ | 登録情報に含まれる場合があります |
| 血液型 | △〜○ | 精子バンクや制度によって異なります |
| 健康情報 | ○ | 病歴や検査情報が記録される場合があります |
| 家族歴 | ○ | 血縁者の病歴などが含まれる場合があります |
| 職業・学歴・趣味など | △〜○ | ドナーが提供したプロフィールによります |
| 氏名 | 基本的に× | 匿名・非特定型では通常開示されません |
| 住所・連絡先 | 基本的に× | 本人を直接特定する情報は通常非公開です |
たとえば英国HFEAでは、親が確認できる非特定情報として、身長・体重、目や髪の色、生年、民族的背景、職業、趣味、自己紹介などが含まれる場合があります。
また、民間の精子バンクでは、血液型、学歴、家族歴、性格、幼少期の写真など、さらに詳しいプロフィールを用意しているところもあります。
そのため、
「匿名ドナーだから情報が少ない」
と一括りにはできません。
大切なのは、利用する医療機関や精子バンクについて、
何を記録しているのか
何を親へ開示するのか
その情報を将来まで保存するのか
を確認することです。
通常は分からないのは本人を直接特定する情報
匿名・非特定型では、一般的に、
本名、詳しい住所、電話番号、メールアドレス、本人へ直接つながる連絡先
などは開示されません。
一方で、健康・家族歴や身体的特徴のように、本人を直接特定しない情報は確認できる場合があります。
そのため匿名ドナーは、
「名前も情報も何も分からない人」ではなく、
「提供時には本人を特定する情報を開示しないタイプ」
と考えると分かりやすいでしょう。
なお、匿名・非特定型でも、DNA検査などを通じて将来身元につながる可能性があります。
この点については、後ほど「匿名でも将来身元が分かる可能性はある」で詳しく説明します。
オープンIDドナーは子どもが将来身元を知れる仕組み
オープンIDで最も重要なのは、「誰が」「いつ」ドナーの身元情報を知れるのかです。
オープンIDドナーは、親が提供時からドナーの実名を知る仕組みとは限りません。
提供時には、年齢、身体的特徴、健康・家族歴などの非特定情報を確認し、子ども本人が一定の年齢になったあと、希望すればドナーを特定できる情報へアクセスできる仕組みがあります。
整理すると、次のようになります。
| 時期 | ドナー情報の考え方 |
|---|---|
| 提供を受けるとき | 親には非特定情報が中心に開示され、実名などは分からない場合がある |
| 子どもが成長したあと | 本人が希望すれば、制度に応じてドナーを特定できる情報を請求できる |
匿名型との大きな違いは、子ども本人が将来「知りたい」と思ったときのために、身元情報へアクセスする道があらかじめ用意されていることです。
たとえば英国では、対象となるケースについて、ドナーから生まれた本人が18歳になると、氏名、生年月日、出生地、最終登録住所などの特定情報を請求できる仕組みがあります。
一方で、親が同じ特定情報を取得できる仕組みではありません。
ここが、オープンIDを理解するときの重要なポイントです。
親が知れる情報と、子ども本人が将来知れる情報は同じとは限りません。
ただし、「オープンID」という名称が付いていれば、世界中どこでも同じ条件というわけではありません。
利用する制度やサービスによって、
何歳から請求できるのか
どこまでの情報が開示されるのか
誰が情報を管理するのか
本人以外も請求できるのか
は異なります。
そのため、オープンIDを検討するときは、名称だけを見るのではなく、
「子ども本人が、将来、何を、いつ、どのような手続きで確認できるのか」
まで確認しておくことが大切です。
そしてもう一つ分けて考えたいのが、
身元を知れることと、その後にドナーと関係を築けることは別
という点です。
オープンIDでも「必ず会える」とは限らない
オープンIDドナーで特に注意したいのは、身元を知れることと、その後の関係は別だという点です。
身元情報を知れる
= 連絡が取れる
= 返事をしてもらえる
= 実際に会える
ではないということです。

オープンIDで用意されているのは、あくまで「将来、ドナーについて知るための選択肢」です。
たとえば、子ども本人が一定の年齢になり、ドナーの氏名や住所などの情報を取得できたとしても、その先の関係まで自動的に始まるわけではありません。
ドナーの連絡先が変わっている場合もあれば、本人が連絡を望んでいない場合もあります。また、連絡には応じても、メールだけにしたい人、直接会うことには慎重な人など、考え方はそれぞれです。
英国HFEAでも、いつ・どのような方法で連絡するかはドナー出生者本人が決めることとされています。また、ドナーには連絡へ返答したり、実際に会ったりする法的義務はありません。HFEA
つまり、オープンIDで保証されているのは、
「知るための入口があること」であって、「将来ドナーとの関係を築けること」ではありません。
そのため、オープンIDを選ぶときは「18歳になればドナーに会える」といった前提では考えない方がよいでしょう。
むしろ、
- 身元を知るだけで十分かもしれない
- 一度だけ連絡してみたいと思うかもしれない
- 医療情報について確認したいことが出てくるかもしれない
- 実際に会ってみたいと思うかもしれない
- 反対に、身元情報を請求しない選択をするかもしれない
というように、子ども本人が将来どこまで知りたいのか、どのような関わりを望むのかは、その時点にならなければ分かりません。
HFEAも、身元情報を取得したあと、すぐに連絡する人もいれば、時間を置く人、連絡しない人もいると説明しています。また、ドナー側も接触を望む人と望まない人がおり、双方で希望する関係の深さが異なる可能性があります。HFEA
だからこそ、オープンIDの価値は、「必ず会えること」よりも、「将来、子ども自身が知るかどうかを選べる余地を残しておくこと」にあります。
提供を受ける時点では親が決めることになりますが、その情報を将来どう使うかは、子ども本人の選択にも関わってきます。
このあと紹介する知人ドナーでは、提供時から相手が分かっている分、また別の形で「その後の関係」を考える必要があります。
知人ドナーは「誰か分かっている」ことが大きな違い
知人ドナーは、友人や知人など、提供を受ける前から「誰から精子を提供してもらうのか」が分かっているケースです。
匿名ドナーやオープンIDドナーとの大きな違いは、提供時点ですでに相手を特定でき、本人と直接話し合えることにあります。
一方で、知っている相手だからといって、精子提供に必要な確認を省いてよいわけではありません。
たとえば、
- 本人確認
- 感染症検査
- 健康状態や既往歴
- 家族歴
- 妊娠・出産後も連絡を続けるか
- 子どもとどのように関わるのか
などは、知人ドナーの場合でも事前に整理しておきたい項目です。
米国生殖医学会(ASRM)の2024年ガイダンスでも、知人などを指定して提供を受ける directed donor(指定・身元特定ドナー)について非特定ドナーと同様に感染症のスクリーニングと検査を行うことが示されています。健康歴や遺伝的リスクの確認、心理・法律面の相談も扱われています。これは米国のガイダンスであり、日本の全国共通ルールではありませんが、「知人だから医学的な確認が不要になるわけではない」ことを考える参考になります。アメリカ生殖医学会
また、知人ドナーでは相手を最初から知っているからこそ、提供後の人間関係をどうするかも重要になります。
「提供だけで関係を終えるのか」「妊娠・出産を知らせるのか」「子どもが成長したあとに会う可能性を残すのか」など、今までの関係とは別に話し合っておく必要があります。
本人確認や感染症検査、健康・家族歴、提供後の約束については、別記事の「個人間の精子提供で確認したいこと」で詳しく整理しています。
ここまで3つのドナータイプを個別に見てきました。
ここからはタイプの違いだけではなく、「誰が・いつ・どこまで情報を知れるのか」という視点で整理していきます。
親が知れる情報と子どもが将来知れる情報は同じではない
ここから特に分けて考えたいのが、「親が知れる情報」と「子ども本人が将来知れる情報」です。
それは、
親が提供時に確認できる情報
親が子どものために残しておける情報
子ども本人が成長後に確認できる情報
は、必ずしも同じではないということです。
特にオープンIDの仕組みでは、親がドナーの実名を知って子どもへ伝えるのではなく、子ども本人が一定の年齢になってから、自分の意思でドナーの身元情報を請求できる形があります。
誰が・いつ・何を知れるのか
| 情報を見る人・時期 | 確認できる可能性がある情報 | ポイント |
|---|---|---|
| 親が提供時に確認する | 年齢、生年、身体的特徴、民族的背景、健康情報、家族歴、職業・趣味・自己紹介など | 本人を直接特定しない情報が中心 |
| 親が子どものために残す | ドナープロフィール、健康・家族歴、医療機関から受け取った資料、提供時に分かっていた情報など | 将来子どもへ渡せるよう整理しておく |
| 子ども本人が成長後に確認する | 非特定情報に加え、制度によっては氏名・生年月日・住所などの特定情報 | 本人が希望して請求する仕組みの場合がある |

ここで重要なのは、親が知っている情報がそのまま子どもの将来の情報になるとは限らず、反対に、子ども本人だからこそ将来アクセスできる情報が用意されている場合もあることです。
英国HFEAの制度は、この違いが分かりやすい例です。
親は、子どものドナーについて、身長・体重・目や髪の色、生年、民族的背景、職業、趣味、自己紹介など、本人を特定しない情報を請求できます。一方で、親はドナーの氏名など、本人を特定する情報を取得することはできません。HFEA
子ども本人については、16歳になるとドナーの非特定情報やドナーシブリングに関する一定の情報を請求でき、18歳になると、対象となるケースではドナーの特定情報を請求できます。2005年4月1日以降に提供されたケースのうち、対象となるものでは氏名、生年月日、出生地、最後に登録された住所などが対象になります。HFEA
だからこそ提供を受ける前に、
「親は何を確認できるのか」
「その情報はどこに、どのくらいの期間保存されるのか」
「子ども本人は将来何を請求できるのか」
を分けて確認しておくことが大切です。
また、今の親にとってはそれほど重要に感じない情報でも、子どもが成長したあとには意味を持つ可能性があります。
たとえば、ドナーの健康・家族歴は将来の医療に関係することがありますし、提供した理由や人柄についての情報は、子どもが自分の出自について考えるときの手がかりになるかもしれません。
そのため、精子提供では「今、親が知りたい情報」だけではなく、将来の子どもが知りたいと思ったときに何を残せるかという視点も必要になります。
子どもがドナーについて知ることや、どのような情報へアクセスできることが望ましいのかについては、別記事の「精子提供で生まれた子どもの『出自を知る権利』とは?」で詳しく整理しています。
匿名でも将来身元が分かる可能性はある
匿名ドナーについて、もう一つ知っておきたい変化があります。
それは、医療機関や精子バンクがドナーの氏名を開示していなくても、別の経路から本人につながる可能性が出てきていることです。
現在は家庭用DNA検査や遺伝的な親族を探すマッチングサービスが普及しています。
そのため、ドナー本人が実名を公開していなくても、次のような流れで身元の手がかりが見つかる可能性があります。
| きっかけ | 身元につながる可能性 |
|---|---|
| 家庭用DNA検査 | 遺伝的につながりのある利用者が表示されることがある |
| 親族とのDNAマッチング | ドナー本人ではなく、兄弟姉妹・いとこなどの血縁者から家系をたどれる場合がある |
| SNS | 氏名、居住地域、家族構成、年齢などの情報を照合できる場合がある |
| 公開情報 | 家系図、公開プロフィール、記録などをDNA情報と組み合わせることで候補が絞られる場合がある |

たとえば、子ども本人が家庭用DNA検査を利用したとします。
ドナー本人が同じサービスを使っていなくても、ドナーの近い血縁者が登録していれば、その人との遺伝的なつながりが表示される可能性があります。
そこから家系や年齢、地域、SNSなどの公開情報を組み合わせることで、ドナー本人にたどり着くケースも考えられます。
英国HFEAも、家庭用DNA検査とマッチングサービスについて、ドナー本人がサービスを利用していなくても、近い遺伝的親族が利用していることでドナーが特定可能になる場合があると案内しています。さらに、DNA情報と家系図、SNS、公開記録などを組み合わせることで、本人を推測できる可能性についても説明しています。HFEA
HFEAは現在、こうした技術の普及によって、ドナーやドナーから生まれた人、その血縁者について、匿名性を確実に保証することは難しくなっているとの考えを示しています。HFEA
匿名型の仕組みで提供を受けたとしても、
「将来も絶対に身元は分からない」
という前提だけで考えないことです。
むしろ現在は、
医療機関から身元情報は開示されない
↓
それでもDNAから血縁者が見つかる可能性がある
↓
公開情報を組み合わせると本人につながる場合がある
という、制度とは別のルートが存在します。
だからこそ、匿名ドナーについて考えるときも、将来子どもがドナーについて知りたいと思う可能性や、想定していなかった形で情報が見つかる可能性まで含めて考えておくことが大切です。
どのドナータイプを選ぶか考える5つのポイント
匿名ドナー、オープンIDドナー、知人ドナーには、それぞれ違いがあります。
ただし、「このタイプが一番よい」と一律に決められるものではありません。
今の親にとって安心できるかだけでなく、医療情報をどこまで残したいか、子どもが将来ドナーについて知りたいと思ったときにどのような選択肢を残したいかまで含めて考える必要があります。
ここでは、比較するときの5つの判断軸を整理します。
1. 提供時にどこまで情報を知っておきたいか
まず考えたいのが、提供を受ける時点でドナーについてどこまで知っておきたいかです。
年齢や身体的特徴、健康情報などが分かれば十分なのか、それとも氏名や人柄まで含めて「誰から提供を受けるのか」を把握したいのかによって、選択肢は変わります。
匿名・オープンIDでは提供時に本人を特定する情報が公開されない仕組みがありますが、知人ドナーでは最初から相手を把握できます。
2. 医療・家族歴をどこまで残したいか
ドナーの健康情報や家族歴は、提供を受けるときだけでなく、子どもが成長したあとに意味を持つ可能性があります。
そのため、「今確認できるか」だけではなく、「その情報が将来も保存されるのか」まで確認しておくことが大切です。
匿名ドナーでも詳しい医療情報が記録される場合がありますし、知人ドナーでも本人から聞いただけでは十分とは限りません。
ドナータイプだけでなく、医療機関や精子バンクがどのような情報を記録・保存しているかも比較したいところです。
3. 子どもが将来ドナーを知れる選択肢を残したいか
今回の記事で特に重要になるポイントです。
親自身はドナーの身元を知る必要がないと考えていても、子どもが成長したあとに、
「どんな人から生まれたのか知りたい」
と思う可能性があります。
そのときに、身元情報へアクセスできる道を残しておきたいのであれば、オープンIDのような仕組みを確認する意味があります。
一方で、匿名型でもDNA検査などから将来身元が分かる可能性があるため、「匿名を選べば将来も必ず分からない」と考えることはできません。
4. ドナーとの継続的な連絡を望むか
ドナーとの関係を提供時点で終えるのか、それとも妊娠・出産後も連絡を続けたいのかも判断軸になります。
知人ドナーでは、提供後も連絡を続けることが比較的想定しやすい一方、どこまで関わるかを事前に話し合う必要があります。
オープンIDの場合も、将来身元を知れることと、継続的な関係が用意されていることは別です。
「情報を知れること」と「人間関係を続けること」を分けて考えると整理しやすくなります。
5. 将来の関係が変化する可能性を受け入れられるか
提供時に決めた関係が、そのまま何十年も変わらないとは限りません。
親の考えが変わることもあれば、ドナーの考えが変わることもあります。
そして子どもが成長すれば、本人自身の希望も出てきます。
知人ドナーで「今は会わない」と決めていても、将来子どもが会いたいと思うかもしれません。
反対に、オープンIDで身元を知れる環境があっても、子ども本人が知ることを望まない可能性もあります。
そのため、現在の希望だけでなく、将来それぞれの意思が変わる余地も考えておく必要があります。
YES/NOで整理する簡易チェック
以下は、ドナータイプを決める診断ではありません。
「自分たちは何を重視しているのか」を整理するためのチェックとして使ってください。
| 確認したいこと | YESなら考えておきたいこと |
|---|---|
| 提供前から「誰から提供を受けるのか」を知っておきたい | 知人ドナーを含め、身元が分かる方法を比較する |
| 健康・家族歴をできるだけ詳しく残したい | ドナータイプだけでなく、情報の記録・保存方法を確認する |
| 子どもが将来ドナーの身元を知れる道を残したい | オープンIDなど、将来の情報開示制度を確認する |
| 提供後もドナーと連絡を続けたい | 知人ドナーなどで、提供後の関係を事前に話し合う |
| 将来、子どもがドナーとの接触を希望する可能性も考えたい | 「知れる」「連絡できる」「会える」を分けて確認する |
この表でYESが多かった項目だけを見て、「だからこのドナータイプ」と決める必要はありません。
たとえば、「提供時には身元を知る必要はないけれど、子どもには将来知れる道を残したい」という考え方であれば、オープンIDが比較対象になります。
一方で、「提供者が誰なのか最初から把握し、健康情報や提供後の関係まで直接話し合いたい」という場合は、知人ドナーについて検討することになります。
大切なのは、ドナータイプの名前から選ぶことではなく、
「今、親として何を知っておきたいか」
「将来、子どもにどのような選択肢を残したいか」
の両方から比較することです。
このあと、実際にドナーを決める前に確認しておきたい項目を整理します。
ドナーを決める前に確認しておきたいこと
匿名ドナー、オープンIDドナー、知人ドナーのどれを選ぶ場合でも、タイプを決めただけで確認が終わるわけではありません。
実際に提供を受ける前に、医療面だけでなく、将来残る情報や子どもがアクセスできる範囲まで確認しておくことが大切です。
確認しておきたいのは、主に次のような点です。
- 感染症検査がどのように行われているか
- ドナーの健康情報・家族歴をどこまで確認できるか
- どのドナー情報が保存されるのか
- 病歴などに変化があった場合、情報を更新できる仕組みがあるか
- 親と子どもで開示される情報にどのような違いがあるか
- 子どもが将来問い合わせる場合、どこへ連絡すればよいか
- 将来の連絡や面会について、どのような扱いになっているか
特に確認しておきたいのが、情報の「今」だけではなく「将来」です。
たとえば、提供時には詳しい健康情報を確認できても、その記録が将来まで保存されなければ、子どもが成長したあとに確認できない可能性があります。
反対に、オープンIDのように将来の情報開示を前提とした仕組みでも、何歳から、どの情報を、どのような手続きで請求できるのかは確認しておく必要があります。
また、ドナー本人や家族の健康状態は、提供後に変わることもあります。その場合、新しい医療情報をどのように記録・共有するのかも、長期的には重要なポイントになります。
つまり、「匿名か、オープンIDか」だけではなく、
「何の情報が残るのか」
「誰が将来アクセスできるのか」
「情報が変わったときに更新できるのか」
まで確認しておくことが大切です。
個人間で提供を受ける場合の本人確認、感染症検査、健康・家族歴、提供後の約束については、別記事の「個人間の精子提供で確認したいこと」で詳しく整理しています。
日本で匿名・オープンID・知人ドナーを考えるときの注意点
ここまで、匿名ドナーやオープンIDドナーについて海外の制度も参考にしながら説明してきました。
ただし、海外で使われている「open ID」「identity-release」といった仕組みを、そのまま日本全国共通の制度として考えないよう注意が必要です。
英国では、HFEA(Human Fertilisation and Embryology Authority)が認可施設で行われた提供について情報を管理し、一定の条件を満たすドナー出生者が成長後に提供者情報を請求できる制度があります。
たとえば、2005年4月1日以降に提供されたケースのうち、対象となるものではドナーから生まれた本人が18歳になると、氏名、生年月日、出生地、最終登録住所などの特定情報をHFEAへ請求できます。親が同じ特定情報を取得する仕組みではありません。HFEA
一方、日本では2026年10月時点で、英国HFEAと同じように、第三者からの精子・卵子提供について全国共通で登録し、一定年齢になった子どもへ提供者の身元情報を開示する公的制度が整備済みという状態ではありません。
2020年に成立した「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」では、生殖補助医療の基本理念や第三者提供によって生まれた子の親子関係などが定められましたが、英国HFEAのような提供者情報の全国的な登録・開示制度までは定められていません。厚生労働省
英国と日本では情報開示の仕組みが異なる
| 比較するポイント | 英国の認可施設 | 日本 |
|---|---|---|
| 提供者情報の管理 | HFEAが登録情報を管理 | 英国HFEAと同じ全国一律の登録・開示制度は整備済みではない |
| 子どもが将来身元を知る仕組み | 対象となるケースでは18歳から特定情報を請求できる | 全国共通で「何歳から何を開示する」と統一された仕組みではない |
| 親が知れる情報 | 非特定情報などを請求できるが、提供者の氏名等は取得できない | 医療機関・提供方法・サービスなどによって確認できる情報が異なる |
| 「オープンID」の意味 | 法制度や登録制度を背景にした仕組みがある | 名称だけでは開示範囲や時期を判断できないため個別確認が必要 |
日本でも、提供者情報を子どもへどこまで開示するのかについては以前から議論されてきました。
厚生労働省の生殖補助医療に関する検討では、提供者を特定できない情報に限る考え方と、提供者を特定できる情報まで含める考え方の両方が検討された時期があります。2003年4月の報告書では、15歳以上の者が、氏名・住所等を含む提供者情報の開示を請求できる考え方が示されています。厚生労働省
その後も制度化をめぐる議論は続いています。
2025年には、第三者の精子・卵子を用いる生殖補助医療について、提供者情報の入手などを盛り込んだ「特定生殖補助医療に関する法律案」が国会へ提出されましたが、参議院で審査未了となっています。2025年4月の国会答弁でも、第三者提供によって生まれた子どもが出自情報を知るための制度について、議員連盟などで議論が続いていることが説明されています。参議院
そのため、日本で「匿名ドナー」「オープンIDドナー」という名称を見かけた場合は、言葉だけで判断しないことが重要です。
確認したいのは、
「何の情報が保存されるのか」
「親は何を確認できるのか」
「子ども本人は将来何を知れるのか」
「何歳から請求できるのか」
「その情報を誰が管理しているのか」
という具体的な仕組みです。
特に「オープンID」と書かれていても、海外の公的制度と同じ内容とは限りません。
最終的には、匿名かオープンIDかという名称よりも、「何の情報が、誰に、いつ、どのような手続きで開示されるのか」を確認することが大切です。
子どもの将来から逆算してドナーを選ぶ
匿名ドナー、オープンIDドナー、知人ドナーには、それぞれ異なる特徴があります。
ただし、どれか一つがすべての人にとって正解というわけではありません。
大切なのは、今の自分たちがどこまでドナーについて知りたいかだけでなく、将来、子どもが自分の出自について知りたいと思ったときに、どのような情報を残せるかという視点です。
提供を受ける前に確認しておきたいのは、たとえば次のような点です。
- 誰が提供したのか
- どのような健康・家族歴やプロフィール情報が残るのか
- その情報を誰が管理するのか
- 親と子どもでは、アクセスできる情報に違いがあるのか
- 子ども本人が成長したあと、追加の情報を請求できるのか
- 身元を知ったあと、連絡や面会につながる仕組みがあるのか
匿名ドナーでも、将来まで完全に身元が分からないとは限りません。
オープンIDドナーでも、身元を知れることと、実際に連絡が取れたり会えたりすることは別です。
知人ドナーでも、最初から相手が分かっているからといって、その後の関係が自然に決まるわけではありません。
だからこそ、ドナータイプの名前だけで選ぶのではなく、実際にどの情報が残り、誰が、いつ、どこまで知ることができるのかを確認しておくことが重要です。
今は必要ないと思っている情報でも、子どもが成長したあとには意味を持つかもしれません。
反対に、将来知れる仕組みが用意されていても、子ども本人がそれを利用しない選択をすることもあります。
親ができるのは、将来の子どもの気持ちを決めることではなく、必要になったときに選べる余地をできるだけ残しておくことです。

そのうえで、誰が提供したのか、何の情報が残るのか、将来その情報へ誰がアクセスできるのか、連絡や面会につながる仕組みなのかを一つずつ確認して選ぶことが大切です。
